【民芸追求】ネパール大地震支援のその先

 皆さん こんにちは。

文化発信室 村松です。

今回はネパールで起きた大地震の支援とその後について報告させていただきます。    

                                                                                                                                                                                                                                                      ヒマラヤ山脈のふもとにあるネパールは地震の多い国だ。大陸と大陸がぶつかってできた大きな大きな盛り上がりがヒマラヤ山脈となった。かつて海だったことはアンモナイトの化石やコーラル(宝石珊瑚)などが特産品だということからもわかる。現在も少しづつ大陸(プレート)が動き、めり込んでいっているので地震はいつ起きてもおかしくない。日本と同じだ。


ネパールからやってきたホム・バハドゥル・リジャルさんは、チャイハネにアルバイトとして入社してきた。すでに日本語はペラペラで(何なら漢字も超得意)、大学に入学するための勉強をしていた。30年近く前の当時は、ネパール語から日本語を直接訳している辞書がなく、まず英語をマスターしてから日本語の勉強なのだという。そこまでして日本の大学で何を勉強したいのかと聞いたら、「ネパールは地震の多い国なのに、レンガを積み上げるだけの建物でとても崩れやすく危険だ。日本はネパールと同じ地震の多い国でも、高層ビルや大きな橋や道路などをたくさん造っている。その技術を学びたい」とキラキラした目で答えた。ネパールではホテルのエレベーターボーイをしていて、そこで出張中のチャイハネのBOSS(創業者)との出会いが転機となり、日本に留学するチャンスを掴んだそうだ。

カトマンズのホテルでボーイで働いていたホムさん

 チャイハネで働くホムさん 漢字もよく勉強してました。(1992年頃)


2015年に起きたネパール大地震でチャイハネはPRAY FOR NEPALプロジェクトを立ち上げ、サクー村の仮設住宅や作業場・水道タンク設置など約3年間復興に尽力した。そうしてチャイハネとして30年以上取引をしているネパールをどう支援していくかは、「震災」という理由とは別に新しい形で考えいくことになった。


チャイハネのBOSSは2016年12月に亡くなり、そのお別れ会がその翌年4月に行われた。かつての仲間達もBOSSを偲んで集まり、ホムさんとはそこで再会した。
ネパール大地震では、ホムさんの実家がある村、ダディン郡サッレ村の小中高学校の校舎が大きな被害にあった。彼は、日本、ヨーロッパ各国から支援金を募り、校舎の再建に取り組み、震災から3年後再建した。
2018年2月にホムさん自身がサッレ村を訪れ、状況を把握した上で提案してくれた内容は以下の2点。アミナコレクションの、震災という理由とは別の支援が決まった。

この地で建設が始まる。


①サッレ村婦人会(=マイラ・サムハ)支援で公共集会場の建設


女性達が助け合いながら生活を改善して行く場所。2019年5月竣工式が行われ、BOSS HOMEと名づけられた。

オープニングセレモニーを準備していただいたダディン郡長さん

②サッレ村の学校運営費支援
小中高学校は、近隣の村々からも150人以上の生徒が集まるが、先生が2人不足していた。2人を1年間サポートするのに約42万円の支援。



アルバイト時代のホムさんはBOSSの著書「フォークロア世界への旅」を日本語の勉強のため読んでいた。その本文にある「人々に波紋が広がる」というのはどういう意味かと私に聞いてきた。波紋とは例えば静かな湖に石を投げ入れたときに広がる丸い輪っかの波のことで、この場合は、人々に何らかの影響が徐々に広がっていく様子のことだねと説明した。ネパールにはそういう言葉の例えはないから面白いと言っていた。彼は今や工学の博士を授与され、東京都市大学の教授になって建築環境を生徒に教えている

2019年10月アミナコレクション全社員の会議にて、流暢な日本語でスピーチしていただきました。

 

ナマステ

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